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2018年10月19日

百田尚樹『日本国紀』が大人気すぎて発売日を2日早める! amazonで記録的予約数




内容紹介
私たちは何者なのか――。
神話とともに誕生し、万世一系の天皇を中心に、
独自の発展を遂げてきた、私たちの国・日本。
本書は、2000年以上にわたる国民の歴史と
激動にみちた国家の変遷を「一本の線」でつないだ、
壮大なる叙事詩である!

当代一のストーリーテラーが、
平成最後の年に送り出す、日本通史の決定版!

緊急連絡】
『日本国紀』、読者の皆様の予想外の反響の多さに、出版社も「こうなれば1日も早く、読者に届けたい!」と、なんと発売日を2日早め、11月13日となりました!
たった2日ですが、搬入が週末を挟む関係で、すべての作業を実質1週間くらい早めることになります。
私も焦っています
13:47 - 2018年10月18日
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百田 尚樹(ひゃくた なおき、1956年2月23日 - )
日本の放送作家・小説家。大阪府大阪市東淀川区出身。

同志社大学法学部在学中に『ラブアタック!』(ABC)に出演し、みじめアタッカーの常連だった(1978年当時大学3年生で6回目の挑戦など)。妻はその時に出演していたかぐや姫役の女性。大学生活5年目で中退、その後放送作家となり、『探偵!ナイトスクープ』のチーフライターを25年以上に渡り務めている

2013年(平成25年)、『海賊とよばれた男』で本屋大賞を受賞。「直木賞なんかよりもはるかに素晴らしい、文学賞の中で最高の賞だ」と喜び、その発言でも注目を集めた。同年9月から『週刊新潮』にて『フォルトゥナの瞳』を連載開始した。これは小説家デビュー以来、初の週刊誌連載となる
百田尚樹wiki






9月22日からの日本国紀に関する百田氏のツイート抜粋


百田尚樹 @hyakutanaoki
9月22日

それにしても、今回、「日本史」の原稿を読み直しながら修正して思ったことは…この作品は震えがくるほどの大傑作!ということです。 百田尚樹は天才でした! 天才は得で

私の日本史は、幕末から維新にかけて、かなりのページ数を割いていますが、西郷隆盛や坂本龍馬はほんのわずかしか出てきません。新撰組なんか名前しか出てきません。 代わりに、一般の読者はおそらく名前さえ知らないような人物がふんだんに出てきます!
9月24日

明日、執筆中の日本史、3回目の合宿です! この本が売れないと、編集者の有本香さんと、出版社の編集者が切腹することになってるので、必死です!

執筆中の日本史、書きたいことがありすぎて… もう、涙を飲んで削ったところが山のようにあります。 それでも500ページ超え! その500ページは、面白さ満載です!!

涙を飲んでまるまる削ったところもありますが、もっと書きたいのに短くした事件・人物がすごく多い。 本当なら、それで本が書けるくらいの事件や人物を1ページくらいにする辛さというのは…
9月26日

日本史、手応え十分の仕上がりになった。 内容には満足してる! しかし…心のどこかで、まだよくなる要素があるのではないかと思ってる。 再校のゲラが出るまで、もう一度考えよう。


9月27日

いえ、この後、再校のゲラが出ます。それをもう一度、校閲がチェックします。 出版社の編集者からは「出版が遅れるので、もうこれ以上、大きな修正はしないでください」と言われているが、作品の完成度を高めるためには、妥協しないつもりです。


10月2日

『日本国紀』の読み方は「にほんこくき」です。 なお、記ではなく紀です。 このタイトルに決定するのに、2人の編集者とともに1ヶ月以上かけました。

『日本国紀』は、全1巻です。 でも500ページを超えます。 図表や写真やグラフは一切なく、すべて文字だけでできた本です。 先ほどカバー案もほぼ決まりましたが、格調高いものです。



10月3日

『日本国紀』、再校ゲラが出た。現在、二度目の校閲中。 さらに近代史に詳しい人に、確認作業を依頼中。 それをもって、再来週に最後の修正。
10月5日

11月に出す『日本国紀』には、このあたりもきっちり押さえている。 米国は基地を無くしたくなかったので、SF講和条約を結ぶ条件として、日米安保(第一次)を迫った。この安保はひどいもので、米国は日本に多大な犠牲を強いながら、有事の際は米軍は日本を守る義務はないというものだった。
アホか、と。 ポツダム宣言によって、1952年のサンフランシスコ講和条約まで日本は占領下にあり、国内の至る所に米軍基地があったんだよ。 講和条約後、国内の米軍基地は次々に撤退・縮小していった。当然、減った分の何割かは米国の施政下にあった沖縄にいく。 これが事実だ。因果関係を無視するな


10月8日

はいはい、頑張ってね。 『日本国紀』と山川日本史はかなり違うので、私の本をしっかり読んで勉強してほしい。 ところで、この研究会とやら、多分、一橋大学の例の連中の一部だろう

10月11日

来週、『日本国紀』が手を離れたら、折れた鼻の鼻を手術します。 実は40年前、ボクシングをやっていた時代に折っていたのが、昨年、判明したのでした 当時は、アマチュアボクシングでも、ヘッドギアなし、8オンスグローブ、リーグ戦は1ヶ月半に8試合もしていました。

10月15日

『日本国紀』、Amazonでも予約可能になりました! 早速、私も一冊注文しました!

拙著『日本国紀』を予約注文してくださったフォロワーの皆様、ありがとうございます! 皆様に直接御礼のメールを差し上げたいのですが、数が多くて全員に差し上げることができません。 この場をお借りして、御礼を申し上げます。

なんと、 皆様の熱い応援のお陰で、『日本国紀』、Amazon予約開始当日にして、総合ランキング1位に躍り出ました! まさに驚きです! フォロワーの皆様、ありがとうございます! 明日の合宿は、命がけでやります!!



10月16日

現在、校了作業中。 有本香嬢は「ガソリンが切れた!」と言って、ソファでくつろいでおります。 それを横目で見ながら、私と出版社の編集者は必死で頑張っています!

今、午前3時過ぎ。 『日本国紀』の校了作業がついに終了。 有本香嬢は、11時過ぎからソファで爆睡。 高いびきの横で、男2人で死にそうになりながら頑張った… しかし、来週、最後の確認。

『日本国紀』、贅肉を削ぎ落として、最高に磨き抜きました! すべての文章があるべきところにおさまった。本文500ページ、無駄は何もない!


10月17日
校了を終えた後で、もう一度、ゲラを読み直すと、また修正したい箇所が見つかり、編集者に電話して、直してもらった。 あかん。そろそろ、原稿からしばらく離れよう。


昨日、『日本国紀』が予約可能になると同時に、Amazon、楽天ブックスでランキング1位になり、それから40時間近く、1位をキープしている。 こんなことは、作家になってから初めての経験だ。これは私の力ではない。『日本国紀』が凄いエネルギーを発しているとしか思えない。


『日本国紀』を出版する時は、大事に育てた娘を嫁に出すような気持ちかもしれん。娘はおらんけど。 あ、娘はおった。あれは、早く嫁に行ってほしい。 娘よりも『日本国紀』の方が可愛い!

『日本国紀』、ついにAmazonランキング1位を48時間キープ! 発売1ヶ月前で、これはもしかして前代未聞の出来事? あるいは、今がピークで、発売日には忘れ去られているかもしれん…
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2018年9月18日

織田 作之助(おだ さくのすけ) 俗臭

織田 作之助(おだ さくのすけ)

終戦後太宰治、坂口安吾、石川淳らと共に無頼派、新戯作派と呼ばれ「織田作(おださく)」の愛称で親しまれる。

1913年(大正2年)、大阪市南区生玉前町にて、仕出屋「魚春」の織田鶴吉、たかゑの長男として生まれる。
昭和6年、第三高等学校(新制京都大学教養部の前身)文科甲類に合格を果たす。
昭和9年、卒業試験中に喀血し、白浜温泉への転地療養を余儀なくされる。その後復学はするものの結局1936年(昭和11年)に出席不足で退学。

昭和14年9月には『海風』6号に「俗臭」を発表。この作品は、義兄竹中国治郎の長兄・吉川重太郎の生涯に題を得たものだが、これが翌年、室生犀星の推薦で芥川龍之介賞候補作となって注目を集める

2018年9月14日

坂口 安吾(さかぐち あんご)小説家、評論家、随筆家 について


坂口安吾 作家  小説家 東洋大学

坂口安吾氏には独特の力と個性があります。
是非一度は読んで欲しいと思います。


坂口 安吾(さかぐち あんご、1906年(明治39年)10月20日 - 1955年(昭和30年)2月17日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。本名は坂口 炳五(さかぐち へいご)。

2018年9月12日

未来のために 坂口安吾 


坂口安吾  

織田作之助が死んだ。「可能性の文学」は日本文学に対する彼の遺書的な抗議であつたが、実は、これくらい当り前の言葉はない。  織田はアンチテエゼだと自ら述べているのだが、文学における可能性とかウソというものは、実はオルソドックスだつたので、そこに日本文学の悲劇もあつたし、織田の悲劇もあつた。