2019年1月30日

優生保護法 強制不妊女性が提訴「家族の障害で手術」 母体保護法

強制不妊女性が提訴 旧優生保護法、県内2人目「家族の障害で手術」
熊本日日新聞
https://this.kiji.is/463124167885079649?c=92619697908483575
旧優生保護法(1948~96年)下で不妊手術や人工妊娠中絶を強制されたのは憲法に違反し、国は救済措置も怠ったとして、熊本県内在住の女性(72)が29日、国に3300万円の損害賠償を求めて熊本地裁に提訴した。原告弁護団は「家族に障害者がいることを理由に手術を受けさせられた」としている。
強制不妊手術をめぐる訴訟は、昨年6月に提訴した男性(74)に続き県内では2人目。  訴状によると、女性は20代半ばで第2子を妊娠した際、人工中絶手術と卵管を縛る不妊手術を受けた。女性の第1子に障害があったため、産婦人科医は「第2子にも障害がある可能性がある」と指摘。事前に胎児の異常を調べる検査は一切なかったという。
 提訴後に記者会見した原告弁護団は「旧優生保護法による人権侵害が、障害者の家族にまで及んでいたことを示す事例」と強調。「今も小さい子どもを見ると、後悔の念が湧き上がる。国は私の人生を返してほしい」とする女性のコメントを読み上げた。

旧優生保護法を推進したのは、、革新系政党や議員

以下wikiより引用抜粋
1946年(昭和21年)4月10日に行われた戦後初の選挙である第22回衆議院議員総選挙で当選した革新系の女性議員らは、第1回国会において国民優生法案を提出した。日本社会党の福田昌子、加藤シヅエといった革新系の政治家は堕胎の選択肢の合法化を求めた。
1962年に社会民主党の前身である日本社会党当時の宮城県議が宮城県に不妊手術の強化を要求した。そのため、後身の社会民主党は関係者に謝罪する声明を発表している。1972年5月、政府提案で優生保護法の一部改正案が提出された。
改正案は経済団体や宗教団体などの意向を反映したもので、以下の3つの内容であった。
・母体の経済的理由による中絶を禁止し、「母体の精神又は身体の健康を著しく害するおそれ」がある場合に限る。
・「重度の精神又は身体の障害の原因となる疾病又は欠陥を有しているおそれが著しいと認められる」胎児の中絶を合法化する。
・高齢出産を避けるため、優生保護相談所の業務に初回分娩時期の指導を追加する。

1996年(平成8年)の法改正により、法律名が 優生保護法から現在の母体保護法に変更されるとともに、強制断種等に係る条文が削除され、「優生手術」の文言も「不妊手術」に改められた。



母体保護法指定医師(ぼたいほごほうしていいし)
母体保護法(昭和23年法律156号)第14条に基づいて、医療行為を行うことが出来る医師のこと。